映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

『死を招いた保育―ルポルタージュ上尾保育所事件の真相』

タイトルに絵本と入れているのに絵本をほとんど紹介していませんが、今日は読んだ本のことを書きます。

読み終えたのは半年くらい前なのですが、感想をTwitterでつぶやいただけだったので、ブログにも書いておこうと思います。

 

死を招いた保育―ルポルタージュ上尾保育所事件の真相

 

出版社(ひとなる書房)の書籍案内にはこう書かれています。

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これは、けっして特殊な事件ではない。

どこの保育所でも起こりうる「人災」である。

小さな嘘、怠慢、思い込みとすれ違い……

日々のひずみの積み重ねが、

必然的に子どもの命を奪うことがあるかもしれないことに気付いて欲しい。

命の思いを背負った保育の質を問う、著者渾身のルポ!

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これだといまいちよく分からないのですが、埼玉県上尾市で起きた保育所での死亡事故についてのルポルタージュです。

実際に読んでもらうのが一番なのは当然として、色々なところでレビューが載ってますので、見てもらうといろんな意見があるのが分かると思います。

 

以下つらつらと感想(メモ)を書きます。

 

著者の技術的なことですが、保育士たちの配置、勤続年数、または事故時にどこで何をしていたかの表を付けて欲しかった。

事故調査報告書には記載されているので、付けることは簡単だったと思う。

これがあれば、「誰」が「どのような背景で」話しているのか分かりやすかった。

 

また、保育士たちの証言がいつどこでされたものなのかわからないので(調書なのか、裁判なのか、直接の聞き取りなのか)、これも書いてほしかった。

そして、プラスαで事故に関する時系列と証言の時系列表。

これらがあれば、「○○保育士が~」と書かれたときに、その保育士が保育所で、あるいは事故時どのような立場にあり、どこにいて、その発言がいつなされたのかが分かり、とても読みやすくなったと思う。

 

次に「上尾保育所で起きていたこと」に関しては、なぜこれを書いているのかが不明確な気がしました。

「死亡事故が起きるには様々な背景がある」ことを示したかったのかもしれないが、レビューなどでも指摘している人がいるように、少し糾弾的な視点をもって書かれているような感じであり、「ルポ」との印象は薄かった。

もちろん、様々な伏線があったことは分かるのだが。

 

少し批判的に書いてきたけれど、本書で良くわかるのは、「突発的に事故が起きた」のではなく、「伏線、前提があり事故が(起きるべくして)起きた」ということ。特に本書で読む限り保育士たちは自分たちの「保育観」「保育経験」を過信してしまっているように見える。

 

事故死自体は勿論のこと、「事件に至る経緯」にある両親と保護者の連絡帳でのやりとりの噛み合わなさがすでに痛ましかった。

 

時間的に長くやっていれば、自分の考え、行動が固定してしまうことは起きてしまうことで、自戒を込めるが自分の周りにいる教員もそういう人は少なくない。

もちろん人はそれぞれ違うし、時代も文化も、保育・教育観も常に変化する。それらを常に自覚しつづけることが必要。

 

ひとりの親としての感想になるが、これほど伏線、前提があった中で死亡してしまったことは、悔やんでも悔やみきれないと思う。

(いろんな情況を抱えた人がいることを承知の上で書くが)子どもが死ぬくらいなら仕事を辞める覚悟も必要なのではないだろうか。

単に教訓話としてしまうことは失礼なことだけれど、今現在、保育園に子供たちを預け、小学校に通わせている身としては、「伏線」「前提」を素早く察知出来るようにし、いつでも子どもに「行かなくていいよ」と言えるようにしておきたいと思う。

 

最後に、レビューで見た「自己責任なんだから(仕方がない)」という意見に反論しておきたい。

親は確かに保育所を変えたり、仕事を辞めるという選択肢があったかも知れないが、犠牲になった侑人君にどんな選択肢があったのだろうか。

彼はそこに通う以外の選択肢はなかった。

選択肢があったのだから「自己責任だ」という意見は今回に限らず、過労死、自殺など至る所で目にする。

しかし、1人の人間が死ぬという最悪な状況を「自己責任だ」と片づける社会は健全ではないし、自分がその立場になった時の想像力が欠けているように思う。