映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

子供を育てることに関わるすべての大人に―『ニトロちゃん』と『プロチチ』―

前回書いたものが、書いた本人が一番驚いているのですが、少なくない反響がありました。

特に熱心な意見をくれたのは、現役、または元「教師」の方々からのような気がします。

その中には僕の子供への態度に対しての「批判」も含まれていましたが、現実世界では長男T(小2)は特にこれまでと変わることなく小学校に通っています。

 

さて、ネット上はあくまでも「言いっ放し空間」だと僕は思っているので、FacebookTwitterでの反応に対する議論をするつもりはなく、現役or元「教師」の人たち、あるいは「教育」に関わっている(子供を育てている人全般も含みます)人たちから熱心なご意見をいただいているときに読んだ2冊の漫画を紹介したいと思います。

この2冊は「教育」「子育て」に関わっている「大人」には是非一読してもらいたいな、と思ったので紹介します。

 

1.発達しょうがい当事者の経験が描かれた『ニトロちゃん

 

ニトロちゃん: みんなと違う、発達障害の私

この『ニトロちゃん』は以前から「読みたいなー」と思っていたのですが、絶版になっていました。

しかし、この本が以前NHKEテレ)で紹介されたことがきっかけで文庫になって再度出版されたようです。

文庫になったのを知ったのは、先日ハートネットTVでやっていた「ブレイクスルー File6 弱点を笑い飛ばす 発達障害の漫画家・沖田×華」という放送を観たからです(再放送は6月2日13時5分~)。

そこで早速手に取って読んでみたのです。

 

TVでは作者の沖田×華さんが「発達しょうがい」当事者ということに焦点が当てられ、この本のサブタイトルも「みんなと違う、発達障害の私」となっています。

けれど、主人公のニトロちゃんの「思春期」が描かれているので、主な舞台は「学校」になっています。

 

この「ニトロちゃんを通して見る学校」が、僕自身が見ていた「学校」と同じものでした。

クラスでのグループ、いじめ、教師の「力」による支配、暴力、それらがすべておかしいと思うにもかかわらず、「学校」という選択肢しかなく、そこでどうにか生きていこうとするニトロちゃん

 

「発達しょうがい」とはどんなものなのか、ということを知るには物足りないかもしれませんが、「大人」であること、「教師」であること、「人を育てる立場」にある人には、是非一度読んでもらいたいな、と強く勧めます。

こんなことを書いてはいけないのかもしれませんが、20分もあれば読み切れるので、買わなくとも手にとって読まれるのを願っています。

 

2.アスペルガー症候群自閉症スペクトラム)の主人公による子育て奮闘記『プロチチ(4)』

 

プロチチ(4)

『プロチチ』自体はすでに紹介したこともあり(1巻目2巻目3巻目)、特に前の3巻目があまり自分の中で評価が高くなかったので、新刊の4巻を買うかどうか、結構悩みました。

でも、3冊もすでに読んでいるしということで今回も読んでみたのですが、これが【あたり】でした。

ネタバレを含んでしまいますが、前半部分はどうでもよく、後半の「(アスペルガー症候群の)主人公とその母親との対話」がとてもよかったのです。

 

アスペルガー症候群なので)主人公はとにかく母親にとって「育てにくい子供」であった(成人になった今も扱いにくい)と。

そして、「問題なのはアスペルガー症候群である主人公だ」と母親は考えていました。

親である自分が一番望んでいるのは、「特別優れてること」ではなく、「他の子より劣ってないこと」であると言います。

 

でも、あるきっかけで、それが「どんな子供であっても」「コントロールできない」ことを知ります。

そして、母親はそれまでの主人公への接し方を反省し、謝罪し、主人公もそれを受け入れます。

このエピソードがとてもいいな、と思ったのです。

 

3.「大人」は自分たちの「正しさ」を子供に押しつける。しかし、それを「それで良い」と言えるのは「子供」だけ。

 

『プロチチ』の最後のエピソードで2つの重要なことが書かれていたように思います。

1つは、「どんな子供であってもコントロールできない」こと。

1つは、「教育、子育てのやり方に対して「良いよ」と受け入れられるのは、教育、子育てを受けてきた子供自身である」ということ。

 

『ニトロちゃん』でも学校で起きることは、結局「大人」である教師(または母親)が「子供」であるニトロちゃんをコントロールしようとすることから問題が起きます。

というか、コントロールしようとしなければ、そもそもニトロちゃんの行動は「問題」ではありません。

そして、「大人」である教師は自分たちが「正しい」と信じ込んでいるので、ニトロちゃん(作者の沖田×華さん)がどんな思いをして(自死しようともしています)生きてきたかを知ろうともしません。

 

「教育」「子育て」に関わっていて、一番恐ろしいのは「自分が正しい」と思ってしまうことです。

そして、子供を「大人がいなければ正しくなれない存在」ととらえてしまうことです。

自分の「教育」「子育て」が「正しい」かどうかは、それらを受けてきた「子供」が決めることです。

 

この2冊を読んで、これらを再確認したのでした。