映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

妻が不在の方が良い理由

ツレ(妻)が出張に行っています。

今夏2回目の出張で、帰ってくるのは今週末です。

と、妻が1週間ほどいない、という話をすると、大概「大変ですねー」というようなことを言われます。

が、これは強がりでも何でもないのですが(ツレも僕が強がっていると勘違いしているっぽい)、1週間くらいだったらツレがいない方が本当に楽です。

1週間くらいいないのだったら、是非どんどん出かけて下さい、という感じです。

ツレの場合、最長でも1週間程度なので、これがもっと長い不在だったら分かりませんが、何故ツレ(妻)がいない方が楽なのか、考えてみました。

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1.家事・育児を自分のペースで出来る

子どもは他人ですから、僕の思い通りにコントロールすることはもちろん出来ません。

なので、常にイレギュラーな出来事が発生することになりますが、それでもツレがいない方が断然楽です。

なぜなら、ツレという僕にはコントロール出来ない人物が1人増えることになるからです。

ツレがいることで、僕が寝かせたいと思っている時間になっても子どもたちは寝る準備をすることはなくなりますし、ツレがいることでテンションが上がり、なかなか寝付かないということもあります。

さらに、ツレは仕事帰りということもありますが、家にいる時は本当に「ナマケモノ」のような感じで、僕なら10分で終わることを30分かかっても取りかかってさえいない、ということがあります。

これは、ツレがいることによって、家事・育児の責任者が僕とツレという2人になってしまっているから起きる混乱のような気がしています。

なので、僕は20時以降は営業時間終了ということで、家事・育児に関わらないようにしています。

ですが、逆に、ツレがいない、ということは、家事・育児の責任者が僕だけということになるので、僕が全て行わなければならないので、家事・育児の仕事量は増えますが、逆に、スムーズに行うことが出来るのです。

2.話し相手をあまり必要としていない

子どもだけと関わっていて、一日の中で会話をした相手が子どもだけだったというと、多くの大人はストレスを感じるようです。

が、僕は(今日もそうだったのですが)一日の中で会話をした相手が子どもだけでもストレスを感じることはあまりありません。

これは、スキルとかの話ではなく、多分、それぞれの人が持っている「一日の話をする必要量」みたいなもので決まっているように思います。

僕の場合は、その「一日の話をする必要量」がそもそも少ないので、子どもたちと話しているだけで(何せ我が家には3人もいるので)満たされてしまっている、という感じです。

ですが、そもそもの「一日の話をする必要量」が違うだけ、ということで終わるかというとそうでもありません。

僕が誰かと話をしたいな、と思うのは、何か新しい刺激あったときです。

初めて会った人がいたとか、初めて訪れた場所があったとか、普段の生活の中で、ちょっと今までにはなかった出来事(良くも悪くも)があったとか。

そういう時は、その話を誰かとしたいなぁ、と思ったりします。

ですが、僕の場合、「シュフ」という生活スタイルもあるでしょうし、そもそもの性格からもあまり新しい刺激というのはありません。

子どもたちを学校や保育園に送り、家事をして、買い物をして、子どもたちを迎えに行き、習いごとに付き添う、という感じのサイクルで生活していて、新しい刺激はあまりありません。

もちろん、その生活の中でもちょっとした変化は毎日起きますが、それでも大枠では新しいことは殆ど起きません。

ということで、新しく誰かに出会うこともなく、日々を過ごしているので、「話をしたいなぁ」と思うことがあまりないのです。

ツレは出張前に嫌みっぽく子どもたちに「お父さんは私がいない方が良いみたいだし!」と言っていましたが、ホントに事実なんですよね。

嫌みでも何でもなく、僕にとってはツレがいる方が面倒なので、いっそのこと隔週で不在とかの方が円滑に生活出来るように思います。