映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

結婚=妊娠(子どもが生まれる)、ではありません。

報道で割と大きく流れていたので、既に知っている人も多いかと思いますが、先日、福山雅治さんと吹石一恵さんの結婚に関してコメントを求められた菅官房長官が発したコメントが話題になっていました。

菅官房長官:「出産で国家に貢献を」毎日新聞

福山雅治氏の結婚で菅義偉官房長官「子供産んで、国家に貢献して」(HuffPost Japan)

これらの記事の書き方から仕方がないと思うのですが、ネット上での反応の多くは「国家に貢献」ということへの批判のようでした。

もちろん、僕もそれには引っかかりますし、批判しますが(人間が国家のためにあるのではなく、人間のために国家があると理解しているので)、そもそも「結婚=妊娠する、あるいは子どもが産まれる」という認識自体がおかしいと思います。

この点について触れている人は、殆どおらず、僕としては、「国家に貢献」というコメントよりも、「結婚」のしらせへ求められて「子どもを産む」ということをくっつけてコメントしていることに驚きました。

福山さんと吹石さんの結婚報道では、【妊娠】ということは触れられていませんでしたし(噂レベルでは流れているようですが)、何故、【結婚】へのコメントで【子どもを産む】ということが出てくるのか、僕には理解できませんでした。

官房長官のコメントに批判したした人たちも、この点には全く触れていないので、官房長官だけではなく、多くの人にとって「結婚=いずれ妊娠(子どもが生まれる)」という認識なんだな、と再認識させられました。

これだけ世の中で少子化が言われ、それに伴って、【不妊】だとか、【妊活】だとか言われるようになって、「妊娠することは当たり前のことではない」ということが広まっているように考えていたので、少なからずショックでした。

(もちろん、「国家に貢献」というコメント自体があまりにもひどいので、そちらを優先した結果、この点にはあえて触れなかった人もいるだろうとは思いますが)

これを見て、かつて益田ミリさんのコミックエッセイ『すーちゃん』シリーズに出てくる、さわ子さん(だったような)が、結婚しようと思っていた男性から「跡継ぎを産めるかどうか証明書をもらってきて」と言われ、さわ子さんが「そっちももらんだよね?」と返したら、「え?なんで?」と男が言ったので、結婚するのをやめた、というシーンがあったのを思い出しました。

官房長官の発言も、結婚したらいずれ妊娠して子どもが産まれるものだ、というだけでなく、根底では、「男の生殖能力は年齢にも関係されないし、不妊などありえない」という認識なのだろうな(むしろ、認識さえせずに受容しているのだろうけれど)、と背筋が凍りそうです。

同時に、以前このブログでも紹介したこの本を思い出しました。

不妊で悩んでいる方だけでなく、妊娠したいと思っているカップルや、いずれ子どもを授かる可能性があると思っている人は是非一度読んでもらいたいです。

不妊治療、やめました。―ふたり暮らしを決めた日