映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

『弟の夫』

11月18日の放送だったので、大分前のものですが、録り溜めていた番組を見ていたら、NHKクローズアップ現代で、同性パートナーについて特集されていました。

“家族”と認めてほしい ~同性パートナーシップ承認の波紋~NHK クローズアップ現代

この番組の中で、生まれ育った家族に同性パートナーがいることを隠していたために、10年以上も連れ添った同性パートナーの最後を看取ることが出来ず、さらに、「【友達】としてなら葬儀に参列していい」と言われ結局参列出来なかった、という方が出て来ました。

また、同性パートナーと暮らし始めたけれど、親は理解してくれず「普通に結婚し子どもを生むと思っていた」というような内容の手紙を母親に渡され、未だにその母親は「主人や親戚には言えない」という状況の方が出て来ていました。

同性パートナーをなるべく認めていこうという渋谷区や世田谷区の動きに対して、様々な意見が寄せられたようで、そこには「家族の形が崩壊する」だとか、「少子化を助長する」だとか、僕にとっても既視感のある意見が多くありました。

同性婚を認めるかどうか、ということをここで議論するつもりはありませんが、家族の戸惑いということで最近読んだ漫画を思い出しました。

(議論はしませんが、僕は認めるも認めないも僕には他者の生き方を制限出来る権利もないし(認めないという権利もありません)、同性婚が認められるようになっても僕の権利が侵害されるわけでもないので、同性婚が異性婚と変わらない状況になることを願っています。)

弟の夫 : 1 (アクションコミックス)

内容は、長い間離れて暮らしていて亡くなった双子の「弟の夫」がある日やって来たという物語です。

主人公は娘との2人暮らしで、その家にカナダ人である「弟の夫」がやって来たことから、主人公の戸惑いや、娘が友達に「カナダでは男の人同士でも結婚できるんだって」というようなことを言った時の周囲の反応などが描かれています。

想像が付くかと思いますが、主人公や娘の友達の親などの「大人」は戸惑い、娘などはそもそも何が「普通」かも分かっていないので戸惑うことなくその現実を受け入れています。

でも、この作品で好感が持てるのは、主人公が戸惑ったときに「これがもし相手が女性(弟の妻)だったら?」と考えるところです。

戸惑うこと自体をダメだ、というわけでも、拒否するのでもなく、戸惑ったのは何故なのだろうか、性別が違ったら自分はどう受け止めるだろうか、ということを考えるところです。

これは同性パートナーについてだけではなく、他のことでもそうなのですが、何か戸惑ったときに、戸惑っている理由を考えることや、理由が明確なら、その理由が少し変化した時に自分はどうなるのか想像する、ということはとても重要だと思います。