映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

「ブルーバレンタイン」

 今回の映画も、前回同様町山智浩さんの『トラウマ恋愛映画入門』に載っていたので、TSUTAYAディスカスで88円で借りて観た作品です。
 『トラウマ恋愛映画入門』の表紙に使われている作品でもあります。
 


ブルーバレンタイン (字幕版)

 

作品データ映画.comより)
監督 デレク・シアンフランス
原題 Blue Valentine
製作年 2010年
製作国 アメリ
配給 クロックワークス
上映時間 112分
映倫区分 R15+

あらすじシネマトゥデイより)
結婚7年目を迎え、娘と共に3人で暮らすディーン(ライアン・ゴズリング)とシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)夫妻。努力の末に資格を取って忙しく働く妻シンディに対し、夫ディーンの仕事は順調ではない。お互い相手に不満を募らせながらも、平穏な家庭生活を何とか守ろうとする2人だったが、かつては夢中で愛し合った時期があった……。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★★★

感想
 去年爆発的な人気となった「ラ・ラ・ランド」で主役を演じたライアン・ゴズリングと、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」で火事で子どもたちを失ったあと主人公リーから離れていった元妻を演じたミシェル・ウィリアムズの二人が繰り広げる恋愛・夫婦の変遷を描いた作品です。

 5歳くらいの娘フランキーとの3人で暮らす現在を描きながら、ライアン・ゴズリング演じるディーンと、ミシェル・ウィリアムズ演じるシンディが出会い、惹かれあい、結婚するまでの様子が合間合間に挿入されます。

 まずすごいのは、ライアン・ゴズリングの役作りで、娘が5歳ということは、出会いから6年くらいしか経っていないにも関わらず、額の生え際は後退し、禿げかかってきています。
 役作りのために生え際の毛を抜いたとのことですが、6年でここまで変わってしまうのか、15年は経っているのではないか、という程老けて見えます。
 しかし、外見は年を経ているにも関わらず、ディーンがシンディと出会った頃と変わらずに、シンディの気持ちの変化に全く気付かずに接する様子です。
 この様子を町山さんはこう書いています。
 

 シンディとディlンは確かに愛し合っていた。それは事実だが、ディーンの腹が出て頭が禿げたように、時は経つ。だがディーンは変わらなかった。でも、それは怠惰だった。「誓ったじゃないか! 」とシンディに言ったように、いちど結婚というスタンプさえ押してしまえば、よほどの失敗をしない限り許されるものだと甘くみていた。相手が出すシグナルをまるで見ていなかった。相手の変化、相手の成長、相手が欲しいものを考えようとしなかった。
 愛は得ただけでは済まない。水をやるのを忘れたらすぐに枯れてしまう。愛さえあれば何でも解決できるわけではない。でも、それを教えてくれる映画はなぜかほとんどない。

 
 町山さんはディーンが「変わらなかった」、「結婚というスタンプさえ押してしまえば、よほどの失敗をしない限り許されるものだと甘くみていた」と断罪していますが、僕にはディーンが「怠惰」だとは思えませんでした。
 それは、そもそもディーンは中卒(高校中退)で、アメリカでは医師に次ぐポストとである看護師であるシンディとは育った環境がまるで違うからです。
 
 確かにシンディの祖母は祖父に虐げられ、また、母も父から虐げられ、母は父に背くことすら出来ず耐え忍ぶだけ、という家庭環境だったものの、教育歴とすれば、父はなく、母も男を作って自分を放って出て行き、満足に教育を受けられず、家族と呼べる者が一切いないディーンとは何もかもが違っているのです。
 ディーンはシンディから午前中から酒を飲むような生活はやめて、と言われるものの、仕事自体はペンキ塗りをしていますし、早く仕事が終わるからこそ、娘のフランキーの育児もこなしています。
 母親であるシンディが仕事に集中できるのもディーンが今の生活に何の不満も抱かずにいるからです。

 でも、シンディとしては、ディーンが怠惰な生活を送っているようにしか見えない。
 「今の生活に不満を抱いていない」ということは、もっと良い生活を送ろう、何かあらたな目標に向かって進んでいるわけではない、と映ってしまうのです。

 それでもディーンは、なんとかシンディと出会った頃のことを思い出して、もう一度親密になりたいと願うけれど、結局それは叶うことがなく、絶望のあまり、より絶望的な情況を自らが作り出してしまう。

 男と女というように区切って一般化して考えることはなるべく控えたいと思いますが、なんだか僕と元配偶者との関係がそのまま映し出されたようで、リアルさを感じる一方、これはこれでお互いにとってどうしようもなかったことなのだ、と感じました。