映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

木原音瀬『箱の中』

 ライフスタイルが激変してしまったので最近はあまり聞けていないのですが、 漫画家の古泉智浩さん歌人枡野浩一さんが本の感想を話したり雑談したりするPodcastをたまに聞いています。
 昨年、その中で2人の人生での重要な本5冊を紹介するというものがありました。

 

booktalkradio.seesaa.net


 紹介された10冊はほとんど読んだことがなかったのですが、その中で特に興味を惹かれたのが、枡野さんがあげていた『箱の中』という小説です。
 なぜ興味を惹かれたのかというと、作者の木原音瀬さんのことを知らなかったのですが、木原さんはいわゆる「BL(ボーイズラブ)」作品で有名な方だそうで、僕は漫画を含めBL作品は読んだことがないので、知りませんでした。
 しかし、枡野さんが、BLということを抜きにとても良い作品だと言うことを語っていて、読んでみようと思ったのでした。
 僕は講談社から出ている文庫版を読みましたが、最後に載っている三浦しをんさんの解説によると、蒼竜社から出ているノベルズ版とは本のタイトルになっている「箱の中」は同じく納められているもの、他の収録作品が異なるということです。

 


箱の中 【講談社版】 Kindle


内容
 堂野崇文は痴漢と間違われて逮捕されるが、冤罪を訴え最高裁まで争ったため、実刑判決を受けてしまう。入れられた雑居房は、喜多川圭や芝、柿崎、三橋といった殺人や詐欺を犯したという癖のある男たちと一緒で、堂野にはとうてい馴染めなかった。「自分も冤罪だ」という三橋に堂野は心を開くようになるが、あっけなく裏切られる。ふたたびふさぎ込んでしまった堂野。母親に請われるまま殺人犯として服役する喜多川が堂野に与えた優しさは、生まれて初めて喜多川に芽生えた「愛情」だった。

勝手に五段階評価
★★★★☆

感想
 文庫版解説を書いている三浦しをんさんによるとBLとは「主に女性作者が、主に女性の読者に向けて書いた、男性同士の恋愛物語」とのことなのですが、漫画含めた読書歴というか記憶をたどってみても、この定義に当てはまるものは読んだことがないと思います。
 女性作者がゲイカップルを描いたものとしては、『きのう何食べた?』は好きな作品ですが、主に女性の読者に向けて書かれているとしても、「男性同士の恋愛物語」というのは当てはまらないような気がします。

 僕が今までなぜ読んで来なかったかと言えば、例えばネット通販でもリアル書店でも漫画コーナーの一角にある、男同士が並んでいるというか絡み合っていたり、見つめ合っているような表紙に嫌悪感は抱かないものの、全く興味が抱きませんでした。
 男子校出身ということもあるからか、男の主に物理的に汚い部分を何年も見てきたので、絡み合う様子を想像しても、汗臭さやゴワゴワした肌触り、あるいは毛深さなどがリアルに思い浮かんでしまって、わざわざ自分から見たり想像したくはないな、と。

 ということで、敬遠していたBLというジャンルの作品ですが、三浦しをんさんも指摘しているように、定義みたいなものはあるし、王道みたいなものもあるのだけれど、この作品は全く違う印象を受けました。
 確かに男性同士の恋愛物語で、セックスシーンなども描かれていますが、この物語では、たまたま男性同士だったというか、男性同士でしか恋愛が成り立たない情況だったから、男性だったというもので、僕が今まで想像していた男性同士が絡み合う様子だとかに、忌避感はまったく感じませんでした。

 堂野が最初に置かれる情況は、自分自身にもいつ起きてもおかしくないようなリアルなものだと感じましたし、その後に描かれる環境も、作者が実際に体験したのではないかと思うほど丹念に調べた上で書かれていることが分かるものでした。
 そして、メイン(?)とも言える、喜多川が堂野に心を寄せていく流れ、堂野も喜多川の気持ちに応えていく様子もとても自然な流れに感じ、それを文章に出来ていること自体がとてもすごいことだと感じました。

 表題作の「箱の中」と喜多川と堂野の再会を描いた「檻の外」もとても良かったのですが、2つの作品で、やはり僕には苦手だなと思う場面が描かれていました。
 それは、暴力的にセックスをするシーンです。
 男性同士だから苦手ということではなく、相手が同意していないのに無理矢理セックスをする場面がダメでした。
 例えばAVでも相手の女性が最初嫌がっているのに、半ば(じゃないことも多い)強引に押していけば、いつの間にか相手の女性はセックスを受け入れる、という作品をよく目にします。
 けれど、僕はこういう半ば無理矢理、強引にセックスするということ自体がとても苦手です。

 たとえキスは合意していたとしても、それはセックスを合意したわけではないし、昨日セックスを合意したとしても、次の日のセックスを合意したわけではない。
 男性でも女性でも、合意していなければしてはいけないと思うので、無理矢理セックスをする場面は目を背けたくなるような場面でした。
 僕自身の心情としては、そんなことを2回もされても、それを受け入れてむしろ親密になるという流れは理解しがたいものの、お互いにとって頼れる人がお互いしかいなかったからこそ、このようなラストになったのかな、と僕は思いました。