映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

河野裕子、永田和宏 『たとへば君 四十年の恋歌』

 1人で暮らすようになってから、「書く」ということが多くなりました。
 元々あんまりしゃべるのはうまくないと思っていて、このブログ含め、大学生の時に始めたブログは、いろんな所に場所を移動しながらも、15年近く続けていますし、日記もただ出来事を羅列することが多いのですが、20年くらい書いています。
 中学生や高校生の時には、モヤモヤとした気持ちを発散する方法として、詩のような物を書いていて(誰にも見せたことはありませんが)、高校生の時にはいずれ詩人になれたら良いな、と思っていました。

 結婚してから、子どもが生まれ、その人数も1人から2人、そして3人と増え、元配偶者は家事に関して僕が要求しない限り全くしなかったので、必然的に僕のやることが増え、何かを書く、という行為自体がなくなってしまいました。
 今になって思うと、僕にとっては、それを誰かが読むということとは関係なく、ただ「書く」ということ自体がとても大切な行為だったようです。
 気持ちを発散する場、その場が「書く」という行為だったようです。

 「書く」ということをしないと、自分自身の気持ちをコーピングする場がなく、精神的に行き詰まってしまう。
 大げさに言えば、僕にとって、書くということが生きていくために、生きていくときに必要な行為だったようです。

 そのことを最初に気付かせてくれた本が、年始めに読んだ萩原慎一郎さんの『歌集 滑走路』でした。
 『歌集 滑走路』に書かれている萩原さんの短歌の魅力は言うまでもなく、僕自身に溜まった気持ちを表現する方法として「短歌」というものを知りました。
 それまで短歌にはほとんど接したことがなく、書いたこともなかったのですが、歌人のように毎日書くということはありませんが、例えば先日の教え子の自死に面した際、 毎日ふとした瞬間に浮かぶ彼の顔と共に誰にも話すことの出来ない思いを短歌という形で書くことによって、なんとか思い出す度に涙を流さずに済むようになりました。

 自分がブログでも短歌でも日記でも、とにかく「書く」ということによって成り立っているということが自分自身で分かってきた頃、新聞で1つの記事を読みました。

(リレーおぴにおん)ちっちゃな世界:1 感じたことを「31文字」に 知花くららさん:朝日新聞デジタル

 同世代(僕より少しだけ年上)でモデルの知花くららさんが、自身で感じたことを短歌にしている、という記事でした。
 そこには5年前に短歌を詠むようになったことと共に、そのきっかけとしての現代短歌の歌集との出会いが書かれていました。
 それがこの本です。

 


たとへば君 四十年の恋歌 Kindle版

 
 この歌集には、河野裕子永田和宏という2人の歌人の出会いから、河野が亡くなるまでの40年に及ぶ相聞歌が納められています。
 40年間を一冊の本に収めるので、例えば河野が残した文章で度々触れられている永田の心の闇のようなものについて、深掘り出来ていないような気もしますが、直接面と向かって伝えることが出来ないことを、短歌にすることで2人が伝え合ってきたということが伝わってきました。

 具体的な短歌は実際にこの本を読んで確かめてもらうとして、とても印象に残った言葉があります。

どのような相聞歌も、かならずその時のコンテキスト(文脈)のなかで生きるものである。前後にどのような歌が置かれているか、そのような歌のコンテキストのなかでのみ、一首の歌のほんとうの良さは実感できるものである。ここにアンソロジーとして編まれた歌が、発表当時、どのような背景のもとに作られたか、他の歌とどのように共鳴しつつ歌集のなかに置かれているかを感じつつ、歌集にあたって読んでいただきたいと願う。


 「どのような相聞歌も」とありますが、これはどの「言葉」でも同じなのだと思います。
 どんなに特徴的な言葉であっても、ある部分だけを取り出して理解することは出来ないし、逆にコンテキストを分かるからこそ浮かび上がってくる言葉がある。
 特に誰に見せる訳でもないのに、「これは短歌じゃないかも」とか「これじゃ意味が広がりすぎて伝わらないかも」と考えてしまう自分がいました。
 もちろん、1つの短歌そのものでコンテキスト全体まで伝わるようなものを作れることはすごいことですが、今目の前の出来事があるからこそ詠んでいるという現実がある。
 その現実の中ではこれを詠むしかない、ということがある。
 そこにはコンテキストがあって、それを抜きにしては理解することは出来ない。
 それでいい、ということを教えてくれたように感じました。