映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

山田ルイ53世『ヒキコモリ漂流記』

 先日、ネット記事でこんなものを読みました。

gendai.ismedia.jp


 家にテレビがあったときからあまりバラエティ番組は観なかったので、顔しか知らなかった髭男爵山田ルイ53世さんが出した『一発屋芸人列伝』に関して、BuzzFeedなどで活躍されていたライターの石戸諭さんがインタビューしたものです。
 この『一発屋芸人列伝』も気になる本ではあるのですが、インタビューでも触れられている、その前に書かれたという『ヒキコモリ漂流記』が気になったのと、評価も高かったので手に取って読んでみました。
 


ヒキコモリ漂流記 完全版 (角川文庫) Kindle版

 

ヒキコモリ漂流記 完全版 山田ルイ53世:文庫 | KADOKAWA


内容KADOKAWA紹介ページより)
「なんにも取り柄がない人間が、ただ生きていても、なんにも責められへん社会、いうのが正常です」という発言がネットで共感を呼び、その陽の当たらない青春が話題となったお笑いコンビ・髭男爵山田ルイ53世の半生。思わず笑ってしまうエピソードの数々は、実力主義成果主義グローバル化を無条件で「善」とする、生きづらい風潮に立ちはだかる、勇気と希望を与えてくれます。おそらく大多数であろう「普通の人」が「イケてなければポンコツ扱いされる社会」に対して、そこはかとなく抱えている後ろめたさに、免罪符を! 前進し続けることに疲れた人々に、振り返る「勇気」と立ち止まることの「正しさ」を! 「これでいいんだよ…」と社会に投げかける爆笑と癒やしの珠玉エッセイ。電子版には特典として、文庫化記念対談「山田ルイ53世×斎藤環精神科医) 引きこもり問題の現状と正体」を収録! 引きこもり体験者と研究者が、アカデミックにそして面白く、引きこもり問題の正体に迫ります!

感想
 難しいことは書いておらず、山田さんがどのような家庭環境にあって、どのようにして「引きこもり」になったのか、その「引きこもり」をどのようにして終わらせるようになったのか、終わったあとどのようにして過ごしてきたのかについて書かれています。
 6年に及ぶ「引きこもり」当事者(経験者)が体験をこのような形で明らかにすること自体が珍しいことのようで、「引きこもり」当事者やその家族、あるいは支援する人たちにとってとても注目されているようです。

 しかし、僕自身としては、文体のせいなのかな、という気もするのですが、あと少し詳細を書いて欲しいな、というところがありました。
 例えば引きこもることになって、最初の時の親の反応だとかそれに対する本人の気持ちは書かれているものの、その後は本人にとって目立ったトピックが無い限りは特に(何も起きなかったというご本人の判断なのでしょうが)何も書かれず、あっという間に時間が過ぎてしまいます。
 1ヶ月後はどういう様子だったのか、何を考えていたのか、それらを3ヶ月、半年、1年、2年と書いてあれば、より詳細にその6年間の本人の気持ちや行動、そして周りの人たちの反応が分かったように思います。

 なので、むしろ興味深かったのは、「引きこもり」の経験についての詳細ではなく、その6年間を過ごしてきたことをどのように捉えているか、という点でした。

どうも、世間の大部分にとって、人生に〝無駄〟があっては拙いらしい。

 
 これはとても印象的な言葉です。
 取材されると、「引きこもっていた6年間があったからこそ今があるんですよね!?」と肯定的に捉えることが求められるそうです。
 けれど、山田さん本人はその6年間は無駄だったと考えている。
 その「無駄」ということがあること自体を社会が認めなくなっていることに、危惧を感じていて、このようにも書いています。

殆どの人間は、ナンバーワンでもオンリーワンでもない。
本当は、何も取柄が無い人間だっている。
無駄や失敗に塗れた日々を過ごす人間も少なくない。
そんな人間が、ただ生きていても、責められることがない社会……それこそが正常だと僕は思うのだ。

 
 「ただ生きていても、責められることがない社会」。
 この認識自体が「引きこもり」を経験してきて、それを「無駄だった」と考えているからこそ出てくるのかな、と思います。
 人の人生でも食べ物でも、時間の使い方でも、何でもかんでも「無駄」は良くないとされていたり、ナンバーワンでなければ、オンリーワンなんだとも教えられる。
 けれど、ナンバーワンでもオンリーワンでもなく、なんとなく無駄に生きていることもある。
 それが許容される社会である方が、よっぽど生きづらさを感じないのではないか、僕はそう考えます。

 今回読んだ【完全版】では、「文庫あとがき」だけでなく、精神科医で「引きこもり」などにも医学界から最初期から指摘してきた斎藤環筑波大学教授との対談も載っていました。
 内容もさることながら、電子書籍で読んだので、カラーページも読めて良かったです。