映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』

 昨年、いろんなラジオ番組でこの作品の書評について聞きました。
 もちろんそれは内容についての良さを語るものだったのですが、僕が興味を惹かれたのは、タイトルにあるとおり主人公が82年生まれと、僕と同じような年代であること、そして、人口規模が日本の半分以下である韓国において、100万部も売れたということです。
 ちょうど僕が就活で性差別を感じていた頃でもあったので、僕は女性ではありませんが、とても気になったので手に取って読んでみました。

 


82年生まれ、キム・ジヨン Kindle版

 

筑摩書房 82年生まれ、キム・ジヨン チョ・ナムジュ 訳 斎藤真理子

 

ストーリー筑摩書房ホームページより)
ある日突然、自分の母親や友人の人格が憑依したかの様子のキム・ジヨン。誕生から学生時代、受験、就職、結婚、育児……彼女の人生を克明に振り返る中で、女性の人生に立ちはだかるものが浮かびあがる。
キム・ジヨン氏に初めて異常な症状が見られたのは九月八日のことである。(……)チョン・デヒョン氏がトーストと牛乳の朝食をとっていると、キム・ジヨン氏が突然ベランダの方に行って窓を開けた。日差しは十分に明るく、まぶしいほどだったったが、窓を開けると冷気が食卓のあたりまで入り込んできた。キム・ジヨン氏は肩を震わせて食卓に戻ってくると、こう言った」(本書p.7 より)
「『82年生まれ、キム・ジヨン』は変わった小説だ。一人の患者のカルテという形で展開された、一冊まるごと問題提起の書である。カルテではあるが、処方箋はない。そのことがかえって、読者に強く思考を促す。 小説らしくない小説だともいえる。文芸とジャーナリズムの両方に足をつけている点が特徴だ。きわめてリーダブルな文体、等身大のヒロイン、ごく身近なエピソード。統計数値や歴史的背景の説明が挿入されて副読本のようでもある。」(訳者あとがきより)

 

感想
 すごく面白かったです。

 タイトル通り主人公は1982年生まれのキム・ジヨン
 キム・ジヨンという名前は、1982年生まれの女性で一番多かったとのことで、日本で言えば「佐藤裕子」(男だったら「佐藤大輔」)と言ったところです。

 つまり、韓国で出版された2017年の状況で考えれば、主人公のキム・ジヨンは35歳の女性ということになります。
 この一人の女性が現在に至るまでどのような環境下で生きてきたのかが描かれています。

 「日本でも多くの女性たちが共感!」というような見出しが付けられて店頭に並んでいるのですが、日本でも女性たちは同じような状況に置かれてきたのではないかという場面が沢山出てきました。
 同じ学歴・経歴なのに、男性の方が採用されやすい(端的には東京医大などを代表とした性別による加点減点)ことや、子どもが生まれても働き続けられるからと教師を薦められたり(以前ほどではないけれど、教師に女性が割と多いのは日本でも同じ理由です)、子どもの名前は男性側になったり(韓国では夫婦別姓ですが、子どもの姓は夫婦どちらでも選べる。日本では夫婦同姓とされ、男性側になるのが95%ほど。)等々、枚挙に暇がありません。

 僕は主夫をしていたり、女性側の姓に変えたので、キム・ジヨンとは違う差別や偏見を受けてきましたが、性による偏見や差別という点では同じだと感じました。
 男なのに、男のくせに、男だから。
 幸いなことに育った家庭でそのようなことを言われたことはありませんが、特に就活では性別と年齢による偏見にさらされ続けたので、読んでいて、同じ経験をしたわけではないけれど、とても強い痛みを感じました。

 また、作品の内容はもちろんのこと、本文の注と最後に載っている解説、そして訳者によるあとがきも詳細で良かったです。
 その解説ではっとさせられたことがあります。
 それは、登場する男性には一切「名前がない」ことです。
 現状、女性たちの多くが、例えば「○○さんの奥さん」とか「△△ちゃんのママ」と「名前のない」存在にされていることを反映しているからなのですが、その登場する男性たちの「名前がない」ことに全く違和感を感じなかったことに、僕も内なる偏見を持っていることに気付かされました。