映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』

 発売された当初から読みたいなぁ、と思いつつ、値段が高いので(2000円弱)文庫になるまで待とうと思っていたのですが、この春にまた脚光を浴びていたので、読みたいなぁ、と思っていたら、電子書籍だと50%分ポイント還元(実質半額)キャンペーンの対象になっていたので、読んでみました。
 ちなみに、春にまた脚光を浴びた理由は、東京大学の入学式で上野千鶴子名誉教授が行った祝辞で触れたからです。 

平成31年度東京大学学部入学式 祝辞 | 東京大学

 


彼女は頭が悪いから (文春e-book) Kindle版

 

『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ | 単行本 - 文藝春秋BOOKS

 

作品紹介文芸春秋より)
私は東大生の将来をダメにした勘違い女なの?
深夜のマンションで起こった東大生5人による強制わいせつ事件。非難されたのはなぜか被害者の女子大生だった。
現実に起こった事件に着想を得た衝撃の書き下ろし「非さわやか100%青春小説」!
横浜市郊外のごくふつうの家庭で育った神立美咲は女子大に進学する。渋谷区広尾の申し分のない環境で育った竹内つばさは、東京大学理科1類に進学した。横浜のオクフェスの夜、ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。しかし、人々の妬み、劣等感、格差意識が交錯し、東大生5人によるおぞましい事件につながってゆく。
被害者の美咲がなぜ、「前途ある東大生より、バカ大学のおまえが逮捕されたほうが日本に有益」「この女、被害者がじゃなくて、自称被害者です。尻軽の勘違い女です」とまで、ネットで叩かれなければならなかったのか。
「わいせつ事件」の背景に隠された、学歴格差、スクールカースト、男女のコンプレックス、理系VS文系……。内なる日本人の差別意識をえぐり、とことん切なくて胸が苦しくなる「事実を越えた真実」。すべての東大関係者と、東大生や東大OBOGによって嫌な思いをした人々に。娘や息子を悲惨な事件から守りたいすべての保護者に。スクールカーストに苦しんだことがある人に。恋人ができなくて悩む女性と男性に。
この作品は彼女と彼らの物語であると同時に、私たちの物語です。

勝手に五段階評価
★★★★★

感想
 姫野カオルコさんの作品は多分初めて読みました。
 物語の前半(以上)はこの小説の基となる東京大学の学生たちが行った強制わいせつ事件の加害者と被害者の「事件」が起こるまでの出来事を追ったものです。

 どこからが本当のことでどこまでが本当のことなのか僕には判断がつきませんが、著者の姫野さんはこの事件の裁判を傍聴した上でこの作品を書いたとのことです。

 前に、学歴コンプレックスについて書いたことがありますが、僕自身は学歴に何も思うところはなく(祖父が尋常小学校卒(今の4年生まで)や兄は高卒など色々いたり、受験した経験がなかったり、そもそも僕の年齢では大学を卒業してから時間が経ちすぎていて参考にならない)、「東大だから」とか「○○大だから」とか考えたことがありません。
 同級生に東大に進んだ友人もいたし、社会人になってから東大卒の人と出会ったり、あるいは大学は東大じゃなかったけど東大の大学院に入った友人はいますが、特に大きな「差」を感じたことはありません。

 なので、率直に、この小説の前半部分で東大生が考えている(であろう)優越感とか、東大生であるがゆえに想像出来ない(であろう)ことも、そんなことを感じているの!?と驚きを感じました。
 でも、一番驚いたのは、上野千鶴子さんの祝辞で沸き起こった反発の中に少なからずあった、そもそも東大生自体が自分たちが「恵まれた環境」にいるということへの無自覚さです。

 東大生の保護者の年収は、日本全体の平均年収のほぼ2倍(参考:東大生の親の年収 950万円以上が51.8% 教育格差は中学受験から始まる? (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. )で、学校の成績と保護者の年収は強い相関関係があることが明らかになっています。
 なのに、そもそもその本人たちが自分たちは「かなり恵まれた環境にいる」ということにとことん無自覚です。

 この小説の中で描かれる暴行事件を「姦淫しようとしたわけではない」というその心境が分かると共に、こういう感覚を持っている人たちが中央省庁だったり、あるいは裁判官といった「国の中枢」にいたら、そりゃ、こんなボロボロの国になるわな、と思わざるを得ませんでした。

 それこそ、評価は今でも二分していますが、田中角栄のような中卒の首相がいたような頃だったらまだ逆に多様性があったのかもしれませんが、今というかここ数十年は固定された人たちによる固定された人たちの国家運営が続いているので、そりゃ、こんなことになるわ、と、優れた小説だと思うと共に、この国の今後に暗澹たる気持ちになる作品でした。

 そういえば、(根拠は知りませんが)ある人がこんなことを書いていたのを思い出します。
 「偉くなると共感力がなくなる」
 僕はこの言葉を聞いたとき、だったら偉くなんてなりたくないと思いましたが、そもそも自分が「偉い」立場にいることに無自覚だったら、自分に共感力がないことにも無自覚なわけで、ある意味当然の帰結としてこの作品の基となる事件が起きたわけです。

  それでも、上野千鶴子さんのような人がいることが東大にとって、あるいはこの国にとって数少ない希望なのかもしれません。