映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

西村賢太『小説にすがりつきたい夜もある』

 読んでいる新聞で毎回楽しみにしているのが、哲学者の鷲田清一さんの「折々のことば」という欄です。
 大学生の時に鷲田さんの本をかなり読んでいたことや、どんなに忙しくても短い言葉を紹介する欄なので読めること、そして、そのちょっとした言葉にはどんな背景があるのかを説明する見事さに毎日楽しみにしています。

 その「折々のことば」で小説家の西村賢太さんの言葉が紹介されていました。
 

digital.asahi.com

 
 この言葉自体も興味深かったのですが、この言葉が載っているという本のタイトル『小説にすがりつきたい夜もある』に惹かれ、手に取って読んでみました。


小説にすがりつきたい夜もある (文春文庫)

 

文春文庫『小説にすがりつきたい夜もある』西村賢太 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS

 

内容文藝春秋より)
四面楚歌の状況下、すがりついた一冊の本─。爾来、藤澤清造の歿後弟子としての運命が拓ける。
葛西善蔵論として卓越な「凶暴な自虐を支える狂い酒」、独得な筆致によるヰタ・セクスアリスの色慾譚」など、無頼、型破りな私小説作家の知られざる文学的情熱が満載された、芥川賞受賞前後のエッセイ集(解説・小島慶子)。【本書は、『随筆集 一日』を再編集、改題したものです】

勝手に五段階評価
★★★☆☆

感想
 西村さんの小説は読んだことがないのですが、以前住んでいたところの近くに西村さんが住んでいたので(今も多分住んでいる)、目撃したことはあったり、芥川賞受賞作品でもある「苦役列車」の映画は今でも印象に残っている作品です。

 そして、最初に書いたように「小説にすがりつきたい夜もある」というタイトルに惹かれて読み始めたものの、「折々のことば」で紹介されていたような優しい言葉遣いではなく、旧字や旧仮名遣いを多用した現代の文章とは思えない、その文体にとても驚き、戸惑いました。
 さらに、僕はその存在さえ全く知らなかった田中英光藤澤清造らについてが延々と書かれていることで、戸惑いは深まるばかりでした。

 が、途中からは芥川賞受賞に際して書かれた文章が出てきて、最終的には、スポーツ紙に書いていたエッセイが出てきます。
 この本に載っているエッセイは発表順に載せたということなので、芥川賞受賞前から受賞、受賞後という、「芥川賞作家」が形成されていく中での本人の戸惑いなども感じられるようになっています。

 僕が良いな、と思ったのは、西村さんは「私小説書き」ですが、映画「苦役列車」でも感じたことでもあり、「折々のことば」でも触れられていたことですが、「ダメな部分」とか「恥ずかしい部分」とかもそのまま書いている(ように見える)ことです。
 こんなにさらけ出せるなんて、なんて強い人なのだろうか、と思いました。
 最後の方はスポーツ紙に掲載されていたということや、芥川賞受賞の連絡時に「風俗に行こうと思っていた」という発言が有名ですが、その発言から求められているからなのか、元々本人もそれを隠すことがないからか、性の話が沢山載っていました。
 性の話は、生の話だと常々思っていますが、性の話を書けるということは、自分の生も知られても良いという覚悟でもあり、それは逆に、そこまで開示してくれていれば、他者もそれが分かって付き合えるわけで、それは本当にすごいことだし、僕も少しでも開示出来るようにしていきたいな、と思いました。