映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

坂口恭平『まとまらない人』

 最近、勝手に助けられている人がいます。
 それは坂口恭平さんで、先日、彼を追ったドキュメンタリー映画「モバイルハウスのつくりかた」を紹介しましたが、坂口さんのツイートを見て、押しつぶされそうな気持ちをなんとか保っています。
 そんな坂口さんの新刊が出たということで、読んでみました。

 


まとまらない人 坂口恭平が語る坂口恭平

 

リトルモアブックス | 坂口恭平 『まとまらない人 坂口恭平が語る坂口恭平』 【サイン本あり!】

 

内容リトルモアより)
稀代の芸術家か? 革命家か? 誇大妄想狂か?
僕の小説は、1人の人間が書いてる感じじゃない。/なぜか僕はあらゆる人にシンパシーを感じたり、その人に対してかわいそうって思ったり、助けたいと思ったりする電気信号がある。/魔法は使えないけど料理ならできる/みんなからしたら、新政府が頂点だよね。でも、僕には通過点。/躁鬱病ゆえだと思うんだけど、大事なときは、ぜんぶ恐怖心が飛んでしまう。
(本文より)
坂口恭平が強さも弱さもすべてさらけ出した、3日間のインタビュー。
高速変幻自在男、矛盾に満ち溢れた矛盾のない全活動を語り尽くす。

勝手に五段階評価
★★★★★

感想
 内容は坂口さんが直接書いたものではなく、3日間に渡って坂口さんが話した内容をまとめたものになっていて、タイトルの通り、「まとまらない人」である坂口さんのまとまらない様子が伝わってきます。
 肩書きで言えば、建築家であり、エッセイストでもあり、小説家でもあり、画家でもあり、新政府内閣総理大臣でもあり、「いのっちの電話」といって自分の携帯電話の番号を公表し、様々な悩みを抱える人たちの相談にのっている活動家でもあります。
 また、自分自身が躁鬱病双極性障害)だということも公にしています。
 この本の一番良かった点は、インタビューということが大きいと思うのですが、ツイートのように語りかけられているように伝わってくるところです。
 僕がうつだからか分かりませんが、響いてくる文章が多くて読んでいたら付箋だらけになってしまったのですが、2箇所引用してみます。

 

みんなも晩年だと思って、どんどん下手な創作はじめたらいいのにって思う。認められるとか評価されるとか売れるとか金が入るとかダサいでしょ。すぐ鈍くなる。それで買えるもの買えても、アトリエ広くなっても、どうせつくらない。


 「認められるとか評価されるとか」という言葉は、最果タヒさんの『きみの言い訳は最高の芸術』に載っている「共有したいっていう感情が、ずっとずっと邪魔だった。」という言葉とも共通する感覚のような気がしました。
 先日会った友だちには僕がいきなりInstagramで詩や短歌を書き始めたことに戸惑い、心配されていたことがわかったのですが、坂口さんのこの文章にもさらに後押しされた気がします。
 僕の場合は言葉にしないと逆にうつになるから書いているのですが、「認められるとか評価されるとか売れるとか金が入るとかダサいでしょ。」という言葉にはっとさせられました。
 まだ誰かに認められたいというような気持ちがあって、それをダサいでしょ、と。
 僕はただ書きたいから書いてるだけで、それが自分自身の健康を保つためにもなっている。
 それで十分なんだよなぁ、と。

 もう一つの文章です。 

一貫性がない行動をしてたら、おかしい人って言われるでしょ。でも一貫性があるほうがおかしいと思うんだよね。それは僕の体質が分裂し続けてたから、そう考えるようになったのかもしれないけど、みんなだって多かれ少なかれ分裂してるはずだよね。本当は毎日、やりたいと思うことは違うはず。考えていることも毎秒変化してる。でもそれをそのまま素直に出して、生きていくのはとても難しいように思われている。いつのまにか、自分はどんな人間だっけ?と決めて、その道に沿って生きるようになっていく。でも、本当は違うはずで、毎日変わる。


 分裂という言葉を使っているので少しインパクトがありますが、昨日と今日とで考えることややることが変わってもそれは当たり前でしょ、と。
 むしろ、小さな時から同じ事が好きで同じ事を考えていて、同じ行動をしている方がおかしいというか、珍しいのでは、と。
 生きていると色んな経験をして、だからこそその影響で考え方も行動も変わる。
 「変わる」ということの方がむしろ当たり前のことなのではないか、と。

 僕は小学校の時の成績表で「いろんなことをやろうとするのは良いけれど…」みたいなことを書かれ続けてきました。
 つまり、一貫性がないと言われてきました。
 それについて親からも苦言を呈されたこともあります。
 でも、もし、僕が担任や保護者だったら違う言葉をかけると思います。
 「好奇心旺盛で良いね」と。

 子どもの時からずっと同じものが好きで、それを大人になってからも続け、仕事にして、という人にスポットライトが当たるので、それが「良いこと」のようにされているけれど、むしろそれは「変化していない」とも言える。
 どちらが良いとかではなく、僕は変化していたいし、変化していきたい。
 これかも色んな経験をして色んな刺激を受けて、変わって行きたい。
 それで良いんだよ、と坂口さんとはスケールが全然違いますが、僕自身も「まとまらない人」で、それで良いじゃん、って肯定されたような気がします。