『ルポ虐待』
虐待に関する本を読んでいますが、今までとはちょっと毛色が変わって、最近起きた出来事のルポルタージュです。
出来事に関してはこちらを参考にして下さい↓
覚えている人も多いかと思いますが、どんな出来事だったかというと、、2010年に大阪市のマンションで2児(3歳女児と1歳9ヶ月男児)が餓死しているのが発見され、当時23歳だった母親が殺人容疑で逮捕されたというものです。
母親はその後、最高裁まで争いましたが、保護責任者遺棄致死罪ではなく、殺人罪で懲役30年が確定しています。
この本を読む前の僕の先入観は、「ひどい母親を描き、同じような過ちを犯さないようにする」というスタンスだと思っていました。
実際、読み始めてみると「ひどい母親」の姿が最初に詳細に書かれていたので、このようなスタンスなのだろう、と思いました。
しかし、読み進めてみると、著者は詳細に母親の生い立ち、そして、離婚、二児を養育するようになった経緯などを丁寧に書くことで、「なぜこのようなことが起きたのか」ということを明らかにしていきます。
そして、これは評価の分かれるところかと思いますが、著者は「被告は決してひどい母親ではないのではないか」「殺そうとしたのではなく、このような状況に追い込まれたあげく、このような悲惨な事件になってしまったのではないか」と提示していきます。
僕がこの本を読み進めたときに感じたことも同じ事なので、著者のこの考え方の提示が悪い物だとは僕は思いませんが、それでも「誘導だ」と考える人もいるかも知れません。
この本を読んで思うことは、「母親は確かに罪を犯したが、裁かれ、刑に服するのが母親だけで果たして良いのだろうか?」ということです。
現行法から考えれば、養育の責任者であった母親が「殺した」ということになるのでしょうが、離婚したからといって、母親からの連絡を受けるのみで、自分から子どもたちの様子を確認しなかった父親には少なくとも責任の大きな一端はあるように思います。
裁判を傍聴したわけではないので、この本からしか様子が分かりませんが、父親が被告の母親に対して「子どもたちを死なせたのは許せない」という証言をしたようですが、白々しく感じてしまいます。
では何故離婚していたとはいえ、それほど母親を憎むのなら、そうなる前に子どもたちの様子を随時聞くようなことをしなかったのか?と。
事件発覚直前には長女の誕生日もありましたが、父親はそのときにも全く連絡をしていません。
離婚し、「夫婦」ではなくなったかも知れませんが、子どもたちにとっては「父親」であることは変わりません。
「父親」としての責任を放棄しているようにしか見えませんでした。
しかし、養育者が母親であったことなどから、罪を問われたのは母親だけでした。
懲役30年が重いかどうかは分かりませんが、罪を問われたのが母親だけというのは、他に数多いる「母親」にとってもとてもつらい現実ではないかと思いました。
結局このルポを読む限り、まだまだ「子育ては母親の仕事」という認識が根深いのを感じます。
父親も同じ責任があるという風になるのは、いつになるのだろうか、と暗澹たる気持ちになってしまいました。