映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

それは本当に「ママにしか出来ないこと」?

久しぶりに時事ネタです。

もう目にした人も多いかと思いますが、下に貼ったサイボウズの動画がちょっとした議論(というか炎上)を巻き起こしています。

まずは、動画を見てもらえればと。

僕は、この動画を見たのは、下記記事からでした。

【炎上だろこれは】サイボウズの舐めたCMに突っ込んでいいですかそうですか。

この記事の「言葉遣い」について反応している人もいましたが、僕は言葉遣いに関してはそこまで気になりませんでした。

いかにネットスラングに毒されているかが「言葉遣い」を指摘した方の文章を読んで改めて痛感させられました…。

さて、もうすでにいろんな人(特にファザーリング・ジャパンの会員の人たちはFacebookも活発にやっているので、そこでのものが中心ですが)がいろんな意見を出していて、もう既に出尽くした感があるのですが、僕がこのCMで気になったのはただ一つ。

「どんなにパパが協力的でも結局ママにしか出来ないことが山ほどあって」

この言葉です。

上にあげた記事でも書かれていますが、「ママにしか出来ないこと」の具体例が、寝かしつけ(しようとすると泣く)、(夜中の)授乳(しかも人工乳)、(終業後急いで)お迎え、寝かしつけ(なかなか寝ない)、離乳食(を拒否される)、(病気などでの突発的な)お迎え、だだをこねられる、抱っこをせがまれる、というものでした。

あれ?これって、別に「ママしか出来ないこと」じゃないんじゃない?

「どんなにパパが協力的でも」という前置きがあるので、余計に引っかかります。

ものすごい協力的なパパだったら、たぶんこれやると思います。

これは、僕が主夫だからそう言っているのではなく(主夫はこういうことを主にやる役目を担っているのでまた事情が違います)、ワーキングファーザーの中でもやっている人はいます。

ファザーリング・ジャパンの会員の中には、「イクメン」なんか鼻で笑っちゃうような、ママの方がやっていないんじゃ?、みたいな人たちが結構いるので、ものすごく反発していました。

Facebookだけ見てると、(ファザーリング・ジャパンの人たちはFacebookを活発にやっているので)あたかも世間のパパたちみんながこのくらいは「当然」やっていて、反発を覚えているように感じてしまいますが、ちょっと引いてみてみると、世間一般はまだこのくらいなのかもしれないな、とも思います。

「このくらいかも」というのは、パパが「結構いつも手伝ってるんだけどさ」とか何も考えずに言っちゃうことや、上に書いた「ママにしか出来ないこと」という具体的なことをすべてママに押しつけている(押しつけているという自覚さえない)ということです。

なので、かなりやっているパパたちは反発するのも良いですが、世間はまだまだこのくらいなんだ、ということを認識して、もっと世間のパパたちをどうにか「手伝う」というレベルから引き上げられるようにする方法を考えたら良いのにな、と思います。

そういう意味では、議論を喚起させてとても良いCMなのかも知れません。