映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」

 いつか観たいリストに入れておいた作品がAmazonで観られるようになっていたので、観ました。
 2015年の作品なので、どこでチェックしたのかは忘れてしまいましたが…。
 単に主演のジェイク・ジレンホール(ギレンホール)が好きだからかもしれません。

 


雨の日は会えない、晴れた日は君を想う(字幕版)

 

作品データ映画.comより)
原題 Demolition
監督 ジャン=マルク・バレ
製作年 2015年
製作国 アメリ
上映時間 101分
配給 ファントム・フィルム
映倫区分 PG12

ストーリー(映画.comより)
ウォール街のエリート銀行員として出世コースに乗り、富も地位も手にしたデイヴィスは、高層タワーの上層階で空虚な数字と向き合う日々を送っていた。そんなある日、突然の事故で美しい妻が他界。しかし、一滴の涙も流すことができず、悲しみにすら無感覚に自分に気付いたデイヴィスは、本当に妻のことを愛していたのかもわからなくなってしまう。義父のある言葉をきっかけに、身の回りのあらゆるものを破壊し、自分の心の在り処を探し始めたデイヴィスは、その過程で妻が残していたメモを見つけるが……。

勝手に五段階評価(基本的に甘いです)
★★★★☆

感想
 上に載せた映画.comによるストーリーでは、突然の妻の死に対し、「一滴の涙も流すことができず、悲しみにすら無感覚に自分に気付いたデイヴィス」とありますが、確かに涙も出ず困惑しているものの、そこで描かれているのは無感覚ではなく、「他者からは理解できない哀しむ姿」です。
 葬儀のすぐ翌日には出社し、いつも通り仕事をしようとし、(コネ入社しているので経営者でもある)義父からも止められるのですが、デイヴィスはそのまま仕事をしようとします。

 「悲しみにすら無感覚」というのは違っていて、それは、原題のDemolitionが示す通りです。
 Demolition=解体ということで、デイヴィスは妻の死後ひたすら解体し始めます。
 最初は、事故直前に妻と交わしていた話に出てくる冷蔵庫を、そして、妻が注文していて届いたコーヒーメーカー、自分の仕事場のPC、オフィスのトイレの個室用ドアと次々に解体していきます。
 最終的には解体から、破壊へと進んでいくのですが、これこそが、デイヴィス自身の悲しみの姿なのだと僕は思いました。

 他者からは、頭がおかしくなったのではないか、と懸念されるほど、解体し、破壊し続けていくその行為は、まさに自己破壊行動で、それは自傷行為と同じようなもので、悲しんでいるがゆえに、その悲しみが大きいがゆえに自分を傷つけるかのように、妻の死を想起させるもの、妻が話していた冷蔵庫を解体し、注文していたコーヒーメーカーを解体する。
 その行為でしか、悲しむことが出来なかったのではないかと思います。

 解体、破壊のあとは、再生、再構築、創造へ向かうということで、解体、破壊の限りを尽くした後で、妻の死の現実を受け止め、デイヴィス自身のやり方で妻の死から新たなものを生み出します。

 この作品の良いところは、その徹底した破壊行動にもあるのですが(僕も出来ることならここまでやってみたいです)、途中で関わることになるカレンと、その息子クリスとのやりとりです。
 周囲の人間には理解されない哀しみの中にあるデイヴィスが出した手紙によって関わることになるカレンは、デイヴィスの抱える哀しみを否定せず、受け入れます。
 けれど、映画とかドラマだとよくあるような男女関係ではなく(キスもセックスもない)、最初はカレンがデイヴィスを受けとめる側でしたが、徐々にお互いを尊重し合い、友情のようなものを築き上げていきます。
 それはクリスとの関わりも大きく、停学処分を食らって家に引きこもっているクリスをデイヴィスが受け止めるということで、デイヴィスがただ受け止められるだけの存在ではなく、受け止める存在でもあるということも描いていきます。

 ラスト近くのシーンでは突然のあまりにもむき出しにされた暴力が描かれていて目を背けるほどショックを受けたものの、「ケガした以外は良かった」という言葉とともに、カレンの姿は描かれなかったものの、デイヴィスとクリスの笑顔というエンディングに、そこにも年齢は離れているけれど二人の友情が見られ、とてもよかったです。