映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

鈴木るりか『さよなら、田中さん』

 以前、村田沙耶香の『授乳』について書いたら、大学時代にスリランカに一緒に行った友人が、「最近読んだ中では気に入っている」とのことで教えてくれた本です。
 スリランカに行った理由は、その前に起きたスマトラ沖地震による津波被害に遭い、さらに当時民族対立も激しい中で取り残された子どもたちが少しでも楽しめるようにと、YMCAが企画したプログラムに日本各地(主に関西圏)から集められ派遣されたというものです。
 お互い普段は、関東と関西で離れて生活しているので、会える機会はあまりないのですが、彼女はその後青年海外協力隊として派遣され、僕も一時期協力隊を夢見ていたことがあったのでその活躍をうらやましく遠くから見ていました。
 僕はその後すぐに結婚し、子育て中心の生活をしていましたが、彼女もずっと僕のことを気にかけていてくれて、今回、本を薦めてくれたのでした。

 


さよなら、田中さん Kindle

 

さよなら、田中さん | 小学館

内容小学館作品紹介ページより)
 田中花実は小学6年生。ビンボーな母子家庭だけれど、底抜けに明るいお母さんと、毎日大笑い、大食らいで過ごしている。そんな花実とお母さんを中心とした日常の大事件やささいな出来事を、時に可笑しく、時にはホロッと泣かせる筆致で描ききる。今までにないみずみずしい目線と鮮やかな感性で綴られた文章には、新鮮な驚きが。
 友人とお父さんのほろ苦い交流を描く「いつかどこかで」、お母さんの再婚劇に奔走する花実の姿が切ない「花も実もある」、小学4年生時の初受賞作を大幅改稿した「Dランドは遠い」、田中母娘らしい七五三の思い出を綴った「銀杏拾い」、中学受験と、そこにまつわる現代の毒親を子供の目線でみずみずしく描ききった「さよなら、田中さん」。全5編収録。

勝手に五段階評価
★★★★☆

感想
 友人から勧めてもらう前に知っている本ではありました。
 それは、作者の鈴木るりかさんが、本の帯にあるように「スーパー中学生」とか騒がれていたからです。
 普段から生きている作家の作品はあまり読まないのですが(読まないように意図的に避けているというよりは、既に亡くなっている作家による評価の高い未読の作品が大量にあるため)、さすがにその宣伝の仕方は心惹かれるものが全くないどころか、読む気が失せました。
 なぜなら、作者の年齢が一番のセールスポイントになっているからで、作品の内容が全く伝わってこなかったからです。

 友人に勧めてもらったので読んでみたのですが、内容としては続いているように読めるものの、5編の短編が収められています。
 その最後に載っているのが表題作の「さよなら、田中さん」です。

 宣伝文句にあったように「スーパー中学生」、あるいはプロフィールにわざわざ書かれているように、『12歳の文学賞』を3年連続大賞受賞と、作者の年齢を考えると、僕が同じ年齢の時だったらとても書けないような内容でした。
 もし、大人が書いたと言われても通用するかも知れません。

 が、僕が気になったのは、その年齢から、というか、まだ様々な体験をしていなかったり、いろんな人と出会っていないからなのか、固定的、ステレオタイプに感じる表現でした。
 特に最初の方に収められている作品(それは『12歳の文学賞』大賞受賞作でもあるのですが)に顕著に感じられました。
 たとえば、「いかにも極悪そうな顔つきの男たち」とか、僕には「いかにも極悪そうな顔つきの男」というのが分からないので、特に気になってしまいました。
(こういう表現は大人でもするので、作者が「中学生だから」だとは言い切れませんが)

 ちょっとした固定されたイメージやステレオタイプ的な表現はあるものの、そのまま読んでいたのですが、読み進めている内に面白いと思ったのは、表題作の「さよなら、田中さん」でした。
 親からも見放され、突然遠くの全寮制の学校へ追いやられてしまう小学6年生の男の子が主人公の話なのですが、これがとても良かったです。
 母親に愛されていないことを自覚しつつもなんとか愛されようとする姿、けれども自分でも予想していなかったほどひどい情況になり、追い詰められてしまう様子、そこにたまたま通りかかった田中さんと田中さんのお母さん。
 お互い、どういう状況か分かっているけれど、核心には直接触れず、けれども、その核心に触れる様子。
 それらの表現と物語の展開が見事だと感じました。
 特にこの田中さんのお母さんの言葉は見事でした。

「悲しい時、腹が減っていると、余計に悲しくなる。辛くなる。そんな時はメシを食え。もし死にたいくらい悲しいことがあったら、とりあえずメシを食え。そして一食食ったら、その一食分だけ生きてみろ。それでまた腹が減ったら、一食食べて、その一食分生きるんだ。そうやってなんとかでもしのいで命をつないでいくんだよ」

 
 この言葉に触れられただけでも、この本を紹介してくれた友人には感謝です。