映画と本と自分と山

映画が半分、残りは本と自分、時々山登りについて

平野啓一郎『ある男』

 以前読んだ『マチネの終わりに』がとても良かったので、それ以来平野啓一郎さんの作品を読むようになりました。
 秋にcakesで新刊『ある男』の連載があり、毎日、公開されると何日間かは無料で読めたので、毎日楽しみに読んでいました。
 全部で46回、つまり46日間読んでいたのですが、新刊なのに無料で読めたので、46回目を読み終わったあとも、これ以降は単行本に載っているのかな、と思っていたのですが、本屋さんに行ったら、続きがあるわけではなく、全部読んでいたことが分かったので感想を書いてみます。

 

cakes.mu

 


ある男 Kindle版

 

『ある男』特設サイト|平野啓一郎

あらすじ(特設サイトより)
愛したはずの夫は、まったくの別人であった。
弁護士の城戸は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、「大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていた。
ある日突然、「大祐」は、事故で命を落とす。悲しみにうちひしがれた一家に「大祐」が全くの別人だったという衝撃の事実がもたらされる……。里枝が頼れるのは、弁護士の城戸だけだった。人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。「大祐」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがる。

勝手に五段階評価
★★★★☆

感想
 宣伝文句に『マチネの終わりに』以来の、というようなことを見ていたので、『マチネの終わりに』のように、ハッピーな気持ちになれるような恋愛物語なのかな、と思っていたのですが、勝手な期待だったようで違いました。

 子どもを失い、離婚し、もう1人の子どもと共に実家に戻った女性が、その町である男性と出会う。
 2人はその後に結婚するが、その男性は事故で亡くなってしまう。
 それを親族に連絡すると、「この人は知らない人だ」と言われ、結婚していた夫、子どもたちの死んでしまった父は誰だったのかを以前離婚した際に依頼した弁護士に調べてもらう。

 その依頼された弁護士城戸が基本的にはこの物語の主人公です。
 身元を調べるように依頼された「ある男」の素性が少しずつ明らかになっていく様子は、非現実ということではなく、全く知らなかったことだったので、「こんなことがあるのか(でも確かにあるだろうな)」と衝撃的な内容でした。

 それらの、社会問題というか、社会の隠れた(隠された)部分が随所にちりばめられていることも、この物語が自分とかけ離れたところにあるわけではなく、もしかしたら自分も、その1人の中にいるかも知れない、何かのきっかけでその「ある男」のような行動をするかも知れない、と感じました。

 けれど、自分の中で最もリアルに感じたのは、城戸の家族との関係です。
 妻との微妙な距離感、離婚するほどの決定的なことも当初起きず、子どももいるので離婚まではしたくないと思っている。
 けれども、なかなか話し合うことができず、崩壊することも、修復されることもない。
 そのヒリヒリとした妻との関係がありながらも、子どもに優しく接する姿がものすごくリアルに感じました。

 それがあったので、このあとも城戸の物語が続くのかな、と思っていたのですが、結局明確な展開は提示されず、それが最後に少しでも触れられていれば、もっと良かったなと感じました。